第11段 曲馬段 上

第11段

曲馬段 上

きょくばの段 上

 

かの鬼鹿毛にひらりと乗ると見えけるが

四ツ目殺しと乗られける

横山将監、御殿の建具をはずされて

送り出だせば三郎が

馬場の通りへ並べられ

「この上所望」

とありければ

「心得まして候」と

襖障子のその上を、欠け利(とし)道を乗り分けて

なんなく此方へ乗り降ろす

三郎、跡へ立ち回り

『骨でも痛むか、紙でも破れてあるならば

恥辱を与えてくれんず』

と、改め見れば

骨も痛まず、紙も破れぬ有様は

神変(じんぺん)不思議の次第なり

三郎、余りの面白さ、

梯子を一脚持ち来たり

御殿の家端(ばな)へ掛けられて

「この上、所望」

とありければ

「心得まして候」

と、梯子の下(もと)へ乗り来たり

「鞍馬が大悲多聞天、

木の宮八幡大菩薩、

神(じん)力添えさせたび給え」

と、心の内にて念じられ

梯子の桁を

一二三四五六七八九つと十

どう峰へ乗り上げて、彼方へ駆け、此方へ駆け

あるいは鞍立ち、敵隠れ

手綱の一つ曲、鞭の秘所

秘術を尽くして乗られける

横山御殿はその時に、地震の揺るるが如くなり

将監照元驚いて、庭へ降り立ち屋根に向かい

「ああ、これ婿殿や、最早曲馬はどうぞご無用でござる」

判官聞いて

「如何によ父上様、その古、九郎判官義経が

鉄拐(てつかい)ヶ峰、鵯鳥越えの逆落とし、それにてご覧遊ばせ」

と峰より梯子を小栗殿、

まっ逆落としと乗り降ろし

その身はひらりと飛んで降り

先ず、鬼鹿毛が口を取り、桜の古木に繋がれて

しずしず、座敷へ上がらるる、将監照元

「聞きしに勝りし馬の達人

驚き入ってござる」

判官聞いて

「申し、父上様、あのような口柔らかなる馬を

如何なればとて、名を鬼鹿毛とは付けさせ給う

あまりと申せば、口柔らかなる馬に候えば

今日(こんにち)より、鬼鹿毛を改め

猫鹿毛と改名いたさせましては如何に候」

と、言われて横山親子

「こは残念」

とは思えども

時の座興で苦笑い、大口あいて嘲笑う

さすがは畜生鬼鹿毛は

『我が小栗に乗られしを、笑うことよ』

と心得て、

桜の古木を根こぎにし

馬場の外へと荒れ出だす、

横山将監、驚いて

「これ、判官殿、

鬼鹿毛があの様に荒れ出だしてあるならば

忽ち、相模の国には、人種(ひとだね)が尽きます

どうぞ早く、鬼鹿毛を呼び戻して下され」

と、騒げば判官

『さまでに、手に余る鬼鹿毛、

如何なれば買い置き給う』

と、既に言わんとなされしが

「父に恥辱を与えて詮無き事」

と思し召され

「畏まって候」

と、伯楽天より伝わりし芝繋ぎの要文を

三遍唱え、扇子開き

「鬼鹿毛、是へ」

と、招かるる

物の不思議は鬼鹿毛が、

馬場の外面の方よりも

只しおしおと歩み来る、

横山将監喜んで

「とてものことに、鬼鹿毛を

元の通りに獄屋に繋いで給われい」

「畏まって候なり、しからばすぐにお暇申さん」

と、かの鬼鹿毛にうち乗って

十人殿原引き連れて

桜の馬場を乗り出だし、萱野を指して急がるる

かくては萱野になりぬれば、なんなく獄屋へ入れられて

八筋の鎖、切れたるところを捻合わせ

元の通りに繋ぎ、留め緒に掛け

「大義」と述べられて、乾の殿へ戻らるる

 

第11段 曲馬段 下

第11段

曲馬段 下

きょくばの段 下

 

直ぐに、常陸へ戻るなら

御身に子細はあるまいに

実にや、高きも卑しきも

迷うは本に恋の道

小栗程なる武士(もののふ)も

照手の色香に迷われて

乾の殿へ戻られしは

ご運の末とぞ知られける

 

それは扨置き、横山は

無念の歯嚙みを噛み鳴らし

「如何にとよ三郎

頼みに思いし鬼鹿毛は

思いの儘に乗り取らるる上は

一つ、国の勢を駆り催し

乾の殿へ押し寄せ

詰め腹切らせてくれん

早や疾く用意仕れ」

三郎聞いて

「是はしたり、父上様

 

その御立腹はご尤もには候えども

先だっても申したる通り

一国の勢を駆り催し

乾の殿へ押し寄せるとも

味方の勝利、思いも寄らず

本のこれが、俗に申す

鱓(ごまめ)の歯ぎしりとやら

叶わぬ腕立て、乗り疾くより

よっき手段を致してござる

先ず、今宵の内に

庭前へ蓬莱山を飾らせ

種々の肴を用意なし

夜明けてあらば使者もって

『昨日は、鬼鹿毛の荒馬

一曲所望仕り

さぞかしご心労に候わん

その憂さ晴らしのため

粗酒、一献参らせん

庭前には、蓬莱山を飾らせ給えば

只今、御出で下さるべし』

と、使者をもって是を招き

酒宴を催し、酒(しゅ)の調じし、頃を窺い

『相模の国の習い、連れ飲みの楽しみ』

と引き盃(さかずき)を致し

七物毒酒(しちもつどくしゅ)を盛るならば

刀もいらず皆殺し

濡れ手で粟の掴み取り

なんと、父上、この義は如何に」

将監、聞きて、両手を挙げ

「ほほ、でかした三郎

然らば、用意仕れ」

「心得まして候」

と、先ず庭前(ていぜん)へ蓬莱山を飾らせて

種々の肴の用意を申し付け

その身は、一間へ分け入って

七物毒酒を絡組みて

その夜の明けるを待ち居ける

既にその夜も明ければ

譜代の家臣、鬼王を召され

「これ、鬼王

汝は、乾の殿へ参り

『昨日は、鬼鹿毛の荒馬

一曲所望仕り、さぞかし御心労に候わんと存じ

その憂さ晴らしのため

粗酒を一献参らせんと

庭前へ蓬莱山を飾らせ候えば

只今、御出で下さるべし』

というて、十一人を同道いたして参れ」

「はは、畏まって候」

と横山殿を立ち出でて

乾の殿へと急がるる

程無く、御殿になりぬれば

右の口上申しける

判官、斜(なな)めに喜んで

「然らば、只今、参上致さん」

と、彼の鬼王を帰されて

十人殿原召されつつ

主従、衣服を改めて 

既に、出でんとなしければ

第12段 夢乃段

第12段

夢乃段 

ゆめの段 

若太夫直伝

 

去る程に、小栗判官政清は

十人の殿原召し連れて

既に、出でんとなしければ

一間の方より照手姫

転けつ転びつ走り出で

小栗の袂に縋り付き

「やれ、待ち給え、夫(つま)上様

例えば、父の召せばとて

今日のお出ではご無用」と

涙に暮れて留めける

判官聞いて

「これはしたり

『昨日、鬼鹿毛の荒馬、一曲所望致し

さぞかし心労にあらん

その憂さ晴らしの為

粗酒、一献参らせん』と

鬼王をもって迎えの使者

それ故、行かんとなせば

其の方、景色を変えて走り出で

袂に縋り引き止むる

これには何か子細ぞあらん

留める子細のあるならば

早や疾くそれにて語られよ

判官これにて、聞かんず」

と仰せにはっと照手姫

涙の御顔、振り上げて

「愚かの事の夫上様

子細が無うて留めはせぬ

留める子細と申するは、昨夜のことよ

自らが、宵と夜中と暁に

険しき夢を三度見る

恥ずかしながら自らが、夢物語りを致すべし

姫が、語らば、夫上も

殿原達も、聞いてたも

 

宵の枕のその夢は

我が夫、常陸に御座の時

常々御秘蔵なし給う

村重籐の御弓を

天より悪鳥(あくちょう)舞い下がり

攫(さら)って立つよと見えけるが

宙にて三つに蹴折りしが

中(なか)は、火炎と燃え上がる

末筈(うらはず)、奈落へ沈みつつ

又、本筈(もとはず)は北へ北へと飛んで行く

北は何処(いづく)と見てあれば

上野ヶ原(うわのがはら)に落ちこちて

主は誰とかしら

墓の弓には、数多の文字座り

そのまま卒塔婆に立つと見る

 

扨又、夜中のその夢は

我が夫様も殿原も

未だご存知あるまいが

横山代々伝わりし

十二手箱のその中に

唐の鏡が一面

母上様まで六代目

今、自らが譲り受け

七代伝わる鏡にて

その自らが身の上に

吉事の知らせある時は

五智の如来の御影射し

裏には、鶴亀、舞い遊ぶ

又、自らが身の上に

凶事(きょじ)の知らせのその時は

表は、五色と搔き曇り

裏にはしっとと汗を搔く

小夜の夢と申するは

汗かくことはさて置いて

これも悪鳥舞い下がり

攫って立つと思いしが

宙にてはっしと

二つに蹴割りしが

片割れ、乾に落ちけるが

又、片割れは北へ北へ飛んで行く

これも、上野へ落ちこちて

主は誰とかしら

墓の御前(おんまえ)、鏡に立つと見る

あまりのことに険しき夢

ふっと、目、覚まし

貴方のお顔を見てあれば

額にしっとと汗を搔き

早や早や寝入りてまします故

夜明けてあらば、自らが

語りお聞かせ申さんと

又も微睡(まどろ)む暁の

枕の夢と申するは

 

我が夫様も殿原も

常の衣服と殊(こと)変わり

白き小袖のその上に

無紋の上下召されつつ

月毛の駒に逆鞍(さかくら)置いて、逆鐙(さかあぶみ)

白き手綱を付けられて

我が妻様の四方より

旗、天蓋を差し翳(かざ)し

藤沢寺(ふじさわでら)の上人な

数多の御弟子を召し連れて

御経(おんきょう)読誦で、先に立ち

銅鑼(どら)、鐃(にょう)、鉢(はち)を打ち鳴らし

鉦(しょう)、篳篥(ひちりき)の管弦にて

北へ北へと、急がるる

自ら、余り悲しさに

慕うて行くよと思いしが

程なく、上野(うわの)になりぬれば

晴天、俄に搔き曇り

震動、雷電、霹靂神

黒雲ひと叢舞下がり

その黒雲の内よりも

異形の形現われて

我妻様や殿原を

攫うて行くよと思いしが

遂には、お姿見失う

自ら、余り悲しさに

そのまま、そこに伏し転び

暫く、嘆き居たりしが

乾の殿の方よりも

上﨟、局、出で来たり

誘われ、乾の殿へ戻りしと

覚えて、夢は醒めまして候えど

夢にさえだに、別れとなれば物憂きに

三度に一度、この夢が

もしも当たろうものならば

後に残りし自らは

何となるべき物なりし

ここの所を聞き分けて

平に留まり給われ」

と、涙に暮れて宣えば

判官、聞いて打ち笑い

「それ、夢は五臓の疲れとある

女の夢見悪しきとて

昔より、勝つべき戦(いくさ)に負けたる例しを聞かず

必ず心にかけらるるな」

と、夢違(ちが)いの要文を三遍唱え

「殿原、来たれ、姫さらば」

と、花の御袂、振り放し

乾の殿を立ち出でて

横山殿へ、急がるる

 

第13段 毒酒段 上

第13段

毒酒段 

毒酒の段  上 

 

去ればにや小栗殿

人も運命傾けば

知恵の鏡も搔き曇り

又、葉(欠字)(※落ち)花も散る

四相(しそう)を悟る武士(もののふ)も

運命尽きれば是非もなや

毒酒を絡組みあるのは

神ならぬ身の夢知らず

急がせ給えば、横山の御殿

真近くなりぬれば

三津田左衛門、駆け抜けて

先ず、門番に案内す

門番、はっと走り出で

「お客様の御出でなり」

と呼ばわって、門の戸開き、平伏す

早や、門内へ入り給う

鬼王鬼次始めとし

三郎照次(てるつぐ)諸共に

玄関先へ出で向かい

「疾くより父のお待ち」

と、先に立ちての御案内

斯くては、広間になりぬれば

一段高き所をば、我が座す所と小栗殿

怖めず憶せず座し給う

其の時、十人殿原は

弓手と馬手に五人ずつ

千鳥掛けに座を取りて

判官、守護する有様は

由々しかりける次第なり

三郎、手早く、庭前の

大幕掴んで、引き絞る

正面に、蓬莱山を飾られし

次の方より、女中達

盃、銚子、始めとし

山海の珍味を尽くせし取り肴

我も我もと持ち来たり

広間も狭しと、並べける

程無く一間の内よりも

主、将監照元は

只、静々と立ち出でて

辺りを見回し、そこに座し

「これはこれは判官殿

昨日は、鬼鹿毛の荒馬一曲所望仕り

定めし御心労に候わんと存じ

せめては、その憂さ晴らしの為

粗酒、一献参らせんと

あの通り、庭前へは、蓬莱山を飾らせ

鬼王をもって申し遣わす所

早速のご来駕、大慶至極

殿原達も御苦労千万

いざ先ずひとつ将監が」

と、そのまま盃取り上げて

なみなみ受けて、ひとつ乾し

判官殿にさされける

判官、はっと手を突いて

「如何にとよ、父上様

折角の御使者故、斯く参上は仕っては候えど

今日は月の半ば十五日

某の為には大切なる守り神

木の宮八幡の縁日

今日に限りましては禁酒に候えば

何卒、酒の義は御免下され」

と、そのまま盃、差し戻す

横山将監、驚いて

「さては、小栗の判官は

四相を悟ると聞きつるが

毒酒を絡組み置きけるを

悟られたるか、残念や

如何はせん」

と、しばし思案をなしけるが

さあらぬ体に、もてなして

「やあやあ、三郎

申し付け置くその品を

早や早や、これへ」

と、ありければ

はっと答えて三郎は

宝蔵、指してぞ急いで行く

斯くて、彼処(かしこ)になりぬれば

横山代々伝わりし

法螺貝の貝、女貝と男貝取り出だし

微塵を払って台に乗せ

目八分に持ち来たり

父の御前(みまえ)へ直しける

将監照元

「これ、判官殿、こりゃこれ

我が家(いえ)代々伝わる

海山里(うみやまさと)三千年の齢(よわい)を経たる法螺の貝

女貝と男貝

法螺貝の目出度き事には

先ず武士の家にて

門出、祝って吹く時には

戦の時の陣貝

法螺貝に、身無きとて、必ず心にかけ給うな

武蔵相模の郡、在所在所、末々は

所領に添えて参らせん

又、木の宮八幡の罰問(ばっとう)は

我々親子が被らん

いざいざ、一献汲まれよ」

と、又盃を差されける

余りの事に小栗殿、池の庄司に打ち向かい

「如何にとよ庄司利門

父上様が、あの様に、事を分けて教ゆるものを

たって辞退いたすなら

却って無礼」

(※利門の答え欠落:御意に御座候)

「左様ならば、父上様

貴方の仰せに任せん」

と、そのまま盃取り上げて

 

第13段 毒酒段 中

第13段

毒酒段 

毒酒の段  中 

 

(盃取り上げて)、なみなみ受けて、ひとつ乾し

父、横山殿へ返盃す

三郎、それと見るよりも

己も盃始められ

判官殿に差されける

判官、これも頂戴し、なみなみ受けて、ひとつ乾し

兄、三郎に返盃す

将監、受けたる盃を、ひとつ乾して、池の庄司に差されける

利門、はっと頂戴す

それより、三三巡盃(じゅんぱい)の

水戸浮舟より、三津田、北村、稲葉、土佐、平井、北条、千葉、民部

各々、盞(さん)を引き受けて

巡れや巡れ、小車の

あいの、おさえの、相生の(不明)又は、こあいの、お手元と(不明)種々の肴を会釈なし

巡り巡りて盃は

横山、前へ来たりける

将監照元、なみなみ受けて下に置き

「如何に、殿原達

相模の国の習いにて

斯く、五人十人、打ち寄りて酒宴をなし

酒の調(ちょう)じし折からは

(※ほどよい頃)

名々に引き盃の大盞(たいさん)を引き受け

酒(しゅ)をなみなみと注がせ

一度に取り上げ

息をもつかず、ぐっと乾す

連れ飲みと申す楽しみがござるが

この義は如何仕らん」

と、言わせも果てず、三郎

「これはしたり、父上様

主従十一人ながら、大酒(たいしゅ)を好む人々

何、相談に及ぶべき

女郎ども申し付け

斯く引き盃、これへ持て」

はっと答えて女中達

我も我もと、持ち来たる

彼の大盞を小栗を始め、殿原へ

ずらりと引いて、親子の前へも引かれける

その時、三郎照次は

「斯様な大盞を、お勧め申すには

女子、童の酌ではならぬ

いで、三郎、お酌をいたさん」と

一間の内へ走り行き

大なる塗り銚子を持ち来たり

小栗を始め殿原へ、なみなみ注いで

又も、一間へ走り行き

銚子を代えて持ち来たり

父、横山へもなみなみ注いで

そこに座し

「手酌じゃ飲めぬ」と

女郎達に酌取らせ

己もなみなみ、引き受ける

十一人に盛る酒は

七物毒酒を覚えける

おのれ等親子が汲む酒は

常飲む銘酒と知られける

将監照元

「斯く、なみなみと受けたる盃

一度に取り上げ、

息をもつかず、ぐっと乾すが、

連れ飲みの楽しみでござる

いざ、おのおの、乾されよ」

と、既に盃取り上げる

主従、それと見るよりも

遅れを取って、叶わなじと

我も我もと、取り上げて

息をもつかず、一度にどっと乾されしは

無慙なりける次第なり

「してとったり」

と、横山、心の内に喜んで

「これ三郎、斯様な大盞を

各々に、お勧め申し

何がな、よっき肴が無うてはなるまい

我々は、次の間へ行て

何がな、よっき肴を申し付けん

三郎、来たれ」

と、立ち上がり

酒の肴を託(かこつ)けに

遙かの次にさがられて

様子を窺い居たりしが

後にも残る主従は、

飲むよ、乾すよと思いしが

忽ち総身の色変わり

番(つが)い番いを悩ませて

五臓六腑が悩乱し

前へかっぱと伏すもあり

後ろへ倒れて死すもあり

判官殿の弓手、馬手

算を乱せし如くなり

池の庄司利門は、居直って、両手を付き

「我が君様、我が君様にはご油断になり

只今受けたるこの盃

飲むよ乾すよと思いしが

五臓六腑が悩乱し

番い番いを悩まする

正しく、毒酒と覚えたり

如何なればとて、我々に

斯くは毒酒を盛りけるぞ

卑怯未練な横山親子(しんし)

三郎、出でて勝負せよ

将監、出でよ

腹切らん、卑怯未練の振る舞い」

と、(怒り罵り利門が)

 

第13段 毒酒段 下

第13段

毒酒段 

毒酒の段  下 

 

怒り罵り利門が

心は弥猛(やたけ)にはやれども

次第に毒は回りつつ

早や、両眼は、搔き曇り

大天井も大床も

くるりくるりと回りける

なれども豪気のの利門が

苦しき息をほっと付き

一間の方に打ち向かい

「如何にとよ、横山親子

例え毒を盛ればとて

この利門は、毒じゃ死なぬ

誠の武士(ぶし)の最期を見置き

末世の手本に仕れ

何、我が君様

池の庄司利門、奉公も、今を限り

これ、今生のお別れ」

と、言うより早く利門は

差し添えするりと抜き放し

口に咥え、後ろへすっぱと貫いて前へかっぱと伏しけるが

力(ちから)、八十五人力(りき)

惜しむべきには、年の頃、三十二才を一期とし

朝(あした)の露とぞ、消えにける

又も強きは小栗殿

床の柱に身をもたれ

左右の膝を、立て直し

刀を杖に立ち上がり

よろめく足をしっかと踏みしめ、一間に向かい

「やあやあ、如何に、横山親子

如何なれば迚、我々に

斯くは毒酒を盛りけるや

左迄、弓引く聟ならば

何故に、常陸へ返し置き

武蔵相模の軍勢を員数(いんずう)なし

黒木の館へ押し寄せて

弓矢をもって、武士らしゅう

某に詰め腹は、切らせぬ

毒酒をもって殺すのが

武門の法義に候や

但しは相模の習いかや

卑怯未練な親子の奴原

例え、毒酒で、死するとも

死は冥途、魂魄この土に留まって

行き替わり、死に替わり

おのれ等親子の奴原に、恨みをなさいでおくべきか」

と、小栗、心は高砂の

尾上の松と逸れども

次第に毒は回り来て

五臓六腑が悩乱し

番い番いを悩ませて

早や、両眼は、搔き曇り

言語(ごんご)の呂律も回りかね

冥途へと引きし息は、

三つ羽の征矢(そや)を射る如く

こんど、こんどと、つく息は

軒端をさ渡る細蟹(ささがに)(※蜘蛛)の

巣よりも細き身有様(みありさま)

惜しむべきには、小栗殿

力の程は、奥知れず

惜しまるべきには身の盛り

二十五才を一期とし

毒酒の泡とぞ消えにける

 

それは扨置き、横山は

遙かの次に居たりしが

「あれ、三郎、たった今まで

つべこべぬかしたが

大分、座敷が静まった

最早、毒が回って、残らずくたばったと見えた

座敷へ行て、様子を見届けて来い」

「心得まして候」

と、唐紙そっと引き開けて

底気味悪く、四つん這いに這い出だし

ようよう、座敷になりぬれば

小栗を始め殿原の

足を引っ張り、ゆすぶっても

何の子細もあらざれば

枕の元に、立ち回り

口に手を当て、息を鑑(かん)がえ

「申し父上様

最早、残らず絶えましたが

如何なる事にや

未だ、五体は温かでございます」

将監、聞いて

「毒薬にて死したる者は

毒の熱気にて、二十四時の間

五体は熱するとある

彼奴(きゃつ)等が亡骸は

野辺の送りをするにおよばね

裏の谷底へ打ち捨てて

獅子、狼の餌(えば)にしてしまえ」

「心得ました」

と三郎が、既にこうよとなしければ

「やれ、待て暫し、三郎よ

小栗、最期の言葉には

『行き替わり、死に替わり

おのれ等親子の奴原に恨みをなさん』とぬかしたが

その時、俺も、襟筋元がぞっとした

そいつ等、谷へ捨つるならば

葬り様が悪いとて

化けて出ようも知れまい」

と言われて、其の時、三郎も

もう肌脱ぎになったれど

気味の悪さに後ずさり

「これ、三郎

その方は、大義ながら

博士の元へ行て

『今日は、我が殿へ、十一人の来客

酒宴、調じ、無礼なせし故

詰め腹を切らせたが、

野辺の送りは、如何いたして

よからんや』と占わせて乞え」

 

 

第14段 博士段

第14段

博士段 

博士の段  

(※天保11年本にて補う)

 

去ればにや、これへは又

「畏まって候」

と、父の御前を立ち上がり

馬屋を指して飛んで行く

斯くて、馬屋になりぬれば

別当左近に申し付けて

馴れし馬に鞍置かせ

しめ髪掴んで、ゆらりと乗り

とある馬屋を乗り出だし

易者の元へと急ぎける

難無く、彼処になりぬれば

その身はひらりと飛んで降り

玄関下(もと)より高らかに

「陰陽師、御在宿か」

と、呼ばわる声に博士は、奥より走り出で

「これは、これは三郎様

ようこそ御入来(ごじゅらい)

いざ先ず、あれへ」

「然らば、御免」

と、一間へ通り

「いや、何、先生

今日、我が御殿へ、十一人の客来

酒興の上とは申しながら

あまりに無礼仕る故

父上、御立腹あって

残らず詰め腹切らせて御座るが

野辺の送りは、如何、葬りよからんや

ご苦労ながら、易の表を占ってくだされ」

「畏まって候」

と、筮(めどぎ)繰って、算木を立て

支干の巻物、押し開き

天地乾坤(てんちけんこん)の二つを分けて

やや暫く考え

「申し、三郎様

十一人、詰め腹と仰せられしが

易の表は、刃(やいば)の死は只一人

まった、其の内に

大将たる者、一人候が

これは神の申し子にて

離(り)の卦に当たる

離は、一旦離れ基づくの道理あれば

大将たる者一人これは、火葬

残る十人は、土葬に致して、然るべし」

「すりゃ、何と言わるる

十一人のその内に

大将たる者一人

それは、離の卦に当たり

離は、離れ基づくの道理あれば

この一人は火葬

残る十人の者共は、土葬

心得まして御座る

お礼は追っていたさん」

と、心急くまま三郎は

博士の下(もと)を立ち出でて

馬引き寄せて、その身も軽ろげに、打ち乗りて

「火葬と土葬、これを忘れてはなるまい」

と、馬上ながらも口付けに

「一人火葬、十人土葬」

と言いながら

ひと鞭当てて、一散、横山指して急ぎしが

折しもその日、

雨降りあげくの事なるが

如何はしけん、馬は滑ると見えけるが

真っ逆さまに落馬して

お尻(けつ)の骨を痛められ

ふうふう、馬に乗られしが

お尻の痛いに気を取られ

火葬と土葬を取ッ違え

「一人土葬、十人火葬」

で、急がれける

斯くて、館になりぬれば

馬は、馬屋に乗り捨てて

息せき切って、父の御前(みまえ)へ、駆け来たり

「申し、父上、仰せに任せ占わせましたが

奇妙に占いました

先ず、私が申すには

『今日、我が殿へ、十一人の客来

酒宴、調じ、無礼仕る故

残らず詰め腹切らせて御座るが

野辺の送りは、如何葬りよからんや、占って下され』と、申しましたりや

筮を繰って、算木を立てて

なにか巻物を出だし、暫く考え

『十一人残らず詰め腹と仰せらるるが

易の表は、刃の死は只一人』と申しました

なんと恐ろしいものでございます

まった。『その内に、大将たる者一人

これは髪の申し子にて』

ちりけ・・いや、ちりけではない

さんり・・それそれ

『離の卦に当たる、離は一旦離れ基づくの道理あれば

大将たるこの一人は土葬

残る十人の者共は火葬に致せ』

と、見通す如くに占いまして候」

と、聞いて将監照元

「さては、左様か

その義にあらば

直ぐにこれより、藤沢寺(ふじさわでら)へ送り

野辺の送りを致すべし

急ぎ、用意を仕れ」

「畏まって候」

と、数多の下部に申し付け

十一人等の亡骸(なきがら)を

藤沢寺へ送らるる

遊行上人、引導にて

小栗判官、土葬にし

十人殿原、火葬なり

彼の三郎が間違いは

小栗判官政清のご運強きと知られたり

(※以上天保板)

 

第15段 沈乃段 上

第15段

沈乃段 上

沈めの段  若太夫直伝

 

去ればにや、これは又

横山将監照元は

譜代の家臣、鬼王鬼次召されつつ

「如何にとよ、兄弟

小栗主従十一人の奴原

刀もいらず、毒酒をもって皆殺し

去りながら、本の起こりは

我が子照手より起こりし事

人の子を殺し、我が姫、助け置くならば

都の聞こえも悪しかりなん

殊に、不義同罪は、逃れぬ事

今宵、夜半、鐘を合図と定め

相模河原、「おりからが淵」へ引き出し

姫を沈めにかけよ

主人の姫などと

少しなりとも、その方達

情けがましき事あらば

姫、同罪たるべし

きっと、申し付けらりし

早や疾く急いでよからん」

と申し渡せば、兄弟は

「畏まって候」

と、主命なれば御受けをし

そのまま御前を退いて

俄に牢輿、設(しつら)えて

互いに用意を仕る

既にその日も暮れければ

下部に牢輿、掻かせつつ

横山殿を立ち出でて

乾の殿へと急がるる

急ぐ道の辺、途次、涙ながらに鬼次は

「これこれ申し、兄者人

例えば主命なればとて

花なら莟(つぼみ)の姫君を

やみやみ、沈めに掛けらりょう

これを思えば、世の中に

せまじきものは、宮仕え

我々二人の兄弟も

斯く奉公の身でなくば

懸かる役目も受けまい」

と、涙ながらに申すれば

鬼王聞いて

「汝が嘆きは尤もに候えど

主君の仰せ厳しければ

歎いて、詮無き姫君の御身の上

我は、これより浜辺に急ぎ、

沈めの用意を致して待たん

汝は乾の殿に急ぎ

片時(へんし)も早く、姫君様を

浜方へ御共(おんとも)せよ」

「左様ならば、兄者人、

是非に及ばぬ今宵の役目

後刻、浜辺でお目に掛かるべし」

さらば、さらばと立ち別れ

兄は、浜辺に

弟は、「下部、急げ」と下知をなし

とある所を、足早に、乾の殿へと急いで行く

 

斯くて御殿になりぬれば

牢輿、彼処に据えさせて

玄関下(もと)より、鬼次は

「お取り次ぎは、御座なきや

時の番衆はあらざるや」

と、言えども答えあらざれば

声高らかに、鬼次は

「やあやあ、姫君様へ申し上げるは別ならず

鬼次、これへ参りしは

別の子細に候らわず

小栗主従十一人の方々

主君横山の御前にて

酒宴に調じ無礼あり

残らず御腹(おんはら)召されて候

本の起こりは、姫君様より起こりし事

不義同罪は逃れ難し

今宵夜半(こよいよわ)の鐘を合図と定め

相模河原、おりからが淵へ引き出だし

姫を沈めに掛けよと、仰せを被り

鬼次、御(おん)迎えに参上仕って候

早や早や、御最期の用意あって

これへ御出で然るべし」

と、呼ばわる声の聞こえてや

ものの哀れは照手姫

早、先立ちて、兄君の知らせに

夫の御最期と聞くと、

その身の御嘆き

「二世と交わせし我が夫は

非業の最期、遊ばされ

何、楽しみに存(ながら)えん

便(びん)に急がん死出の旅」

最期の用意、華やかに

ぼうぼう眉に、薄化粧

丹花の口紅麗しく

髪はそのまま下げ髪の

翡翠の簪(かんざし)嫋(たお)やかに

御身に白無垢、緋の袴

とある一間の方よりも

玄関指して、只、静々と出で給う

 

 

第15段 沈乃段 中

第15段

沈乃段 中

沈めの段  若太夫直伝

 

羊の歩み、隙(ひま)の駒

早や玄関になりぬれば

鬼次、はっと両手を付き

「これは、これは、姫君様には

尋常に御最期の御覚悟あっての御出で立ち

去りながら、鬼次、感じ奉る

御労しくは存ずれど

主命なれば、是非に及ばぬ

いざ先ず、これへ」

と御手を取って、彼の牢輿に召せける

兵庫の局を始めとして

数多の女中、走り出で

「これはこれは申し、鬼次殿

姫君様に、御最期の御出で立ちにてましますや

そも我々は、朝夕に

お側を離れず、宮仕え

ご恩を受けし者なりし

姫君様へ、今一度

これ今生の御別れ

名残を惜しませ給われ」

と、既に牢輿、開けんとす

鬼次、それと見るよりも

立ちふさがって、声荒らげ

「これはしたり、上﨟達

姫君様は御最期の御覚悟あっての御出で立ち

今更、各々名残なぞと

面(つら)を交わしてあるならば

却って、姫君様、未来の為ならず

時刻移らば、役目が済まぬ

早や疾く、そこを退かれよ」

と、取り付く局、上﨟を

弓手と馬手に突きのけて

用意の松明、振立てて

「者共、急げ」

と、下知をなし

浜辺を指して急がせける

斯くて浜辺になりぬれば

待ち設けたる鬼王は、

それと見るより、声を掛け

「如何に、鬼次

首尾良く、姫君のお供いたせしや」

「はあ、兄者人

お別れ申し、御殿へ急ぎ

直ぐに姫君の御共と存ぜしが

上﨟、局の嘆きに暇取り

ようよう只今、御共致して候」

「然らば、牢輿、此方へ」

と、後先、兄弟、差し荷い

用意の船に、移されて

下部は、皆々追い返し

艫(とも)と面(おもて)に立ち回り

そろそろ、船を出さんとす

乾の殿の方よりも

上﨟、局は、取り取りに

徒歩(かち)や裸足で駆け来たり

そのまま、舫いに取り縋り

「やれ待ち給え、鬼次殿

それ、世の中の武士(もののふ)は

物の情けを知るとある

姫君様へ、我々が、これも今生の御別れ

名残を惜しませ給われや、鬼次殿」

と、ありければ、鬼次聞いて

「これはしたり、上﨟達

只今も御殿にて申す通り

姫君様へ名残なぞとは叶わぬ事

去りながら、左迄に思し召すならば

今、この船を沖中(おきなか)へ漕ぎ出だし

姫君を沈めに掛けるその時は

合図に松明振って、御目に掛けん

その時は、姫君様の最期と思し召し

これにて、一遍の御回向、あって然るべし

時刻移しては、役目が済まぬ

早や疾く、そこを退かれよ」

と言えども、いっかな聞かばこそ「えい、胴欲な鬼次殿

如何なる事のあればとて

姫君様へ我々が

名残を惜しまぬその内は

この船やらめ、放さぬ」

と、皆一同に引き留める

女中の非力と申すれど

引き留められて、鬼次は

「しゃ、面倒」

と、言う儘に、差し添えするりと抜き放し

舫いをすっぱと切り落とし

「さあ、船出さん、兄者人」

「心得たり」

と言う儘に、櫓拍子揃えて

「やっしい、やっしい」

沖を指してぞ漕いで行く

早や、沖中にもなりぬれば

船、二三度も、漕ぎ回し

「ここにて、沈めに掛けようか」

「彼処(かしこ)で沈めに掛けんか」

と、兄は弟の気を急かるる

弟は兄の心を量りかね

沈めの時刻を移せしが

何思いけん鬼次は

袴の股立ち高かからげ

刀の柄に手を掛けて

兄、鬼王が前へ詰め寄せ

「如何にとよ、兄者人

例えば主命なればとて

三代相恩の主君の姫君

やみやみ沈めに掛けるなら

取りも直さず我々兄弟は

眼前の主(しゅう)殺し

 

 

第15段 沈乃段 下

第15段

沈乃段 下

沈めの段  若太夫直伝

 

(取りも直さず我々兄弟は

眼前の主殺し)

某は、これより姫君を助け落とし参らせる所存

たって、助けることならんと、追いやれば

兄とは言わさぬ、兄者人

其方を討って捨て

姫君を助け参らせ

腹、かっ捌(さば)いて、主君への申し訳

さあ、姫君様を助くるか

但しは、沈めに掛けるのか

二つにひとつの返答は、何とで御座る」

と、ありければ、鬼王聞いて

両手(もろて)を上げ

「ははあ。天晴れ、でかした鬼次

それでこそ、我が弟

汝が心底、見る上は、兄が心底、これ見よ」

と、艫の板子を捲(まく)られて

いつの間にか用意なす

洞(うつろ)の船を引き出だし

「これを、見よ鬼次

この洞の船に召させ

これより落とし参らする所存

兄弟、心合体なす上は

片時も早く、落とし参らせん」

と、牢輿の扉を開け、両手を付き「何、姫君様

それにて、様子は、お聞きあらん

我々兄弟が心を合わせ

あなた様を、これなる洞の船に召させ

これより落としまいらする

去りながら、何処の浦へ上がらせ給うとも

兄弟が情けにて、命助かりしという事

必ず必ず世の人に、語らせ給うな情けも却って仇となる

時刻移らぬその内に

いざいざ、これへ召しませ」

と、申し上げれば、姫君は

涙の御顔、上げ給い

「命に代えても自らを

助けてたもる志し

忘れは置かぬが、自らも

二世と交わせし夫上は

非業の御最期あそばされ

何楽しみに存えて

この世の日の目が見らりょうぞ

我が夫様と自らが

最期の場所は変わるとも

未来はひとつ蓮葉(はちすば)の

半座を分けてましまさん

情けは、却って身の苦痛

只、この上の情けには

早や疾く、沈めに掛けてたも

のう、兄弟」

と、姫君が、最期を急ぐいじらしさ

思わず、二人の兄弟も

漫ろ涙に暮れけるが

鬼王、涙の顔を上げ

「これはしたり、姫君様の御詞(みことば)とも存じませぬ

死は一旦にて遂げ易し

生、万代にして受け難し

左迄に思し召すならば

兄弟が勧めに任せ

これなる洞(うつろ)に召され

ご運に任せ、何処の浦へなりとも上がらせ給い

お命、全うあそばされ

過ぎ行かれし小栗様

又、十人の殿原達へ

一遍の御回向あらば

草葉の陰にて、さぞかし厚くも

御受け、あそばさん

只、何事も、兄弟が勧めに任せ

早や早や、これへ召しませ」

と、泣き入る姫の手を取りて

洞の船に召されつつ

上より船を被せられ

合い釘鎹(あいくぎかすがい)合わせられ

沖の方へと突き出だし

沈めの体になさばやと、

兄弟、声を張り上げて

「南無阿弥陀佛」

と唱うる六字と諸共に

沈めの石を投げ込んで

松明(たいまつ)、振って見せければ

浜辺に残りし女中達

「今、姫君様、御最期か

御労しき事なる」

と、皆々、浜辺に伏し転び

身も浮くばかりの御嘆き

掛かる所へ兄弟は

船漕ぎ寄せ、陸(くが)に上がり

「これはしたり、上﨟達

未だ歎いておわするや

姫君様の御最期は

歎いたとて詮無き事

只、この上は、乾の殿にお戻りあり

姫君様の亡き跡、一遍の御回向、あって然るべし

又、我々も役目が済めば

主君へこの由申し上げん

ささ、いざさせ給え」

と言う儘に、泣き入り局、上﨟を

諫め、誘い、打ち連れて

とある浜辺の方よりも

乾の殿と横山の館を指して、戻りける