第31段 参内段

第31段

参内段  

さんだいの段 

若太夫直伝

 

去ればにやこれは又

俄に装束改めて

僅かの供人、召し連れて

御門を指して上がらるる

程無く御門になりぬれば

右の子細をつぶさに奏聞なしければ

御門、聞こし召され

「一旦、この土を去りし者

此度(こたび)、この土へ娑婆帰りし事

類い稀なる判官政清

殊に、熊野権現の御(おん)告げに任せ

遙々帰洛いたせしとあるからは

館へ戻り、判官政清を同道仕れ」と宣旨に、はっと御(おん)受けなし

館を指して下がらるる

斯くて、館になりぬれば

勅命なれば小栗殿

行者姿をそのままに

親子打ち連れ、それよりも

御門を指して上がらるる

斯くて、御門になりぬれば

「勅命に任せ

判官政清を召し連れまして候」と

奏聞なせばありがたや

御簾は半ばへ巻き上がり

御門、叡覧ましまして

「一旦、この土を去りし者

此度(こたび)この土へ立ち帰り

斯く参内致す事

誠に尽きざる三世の縁

今日より勘気は許さん

誰かある

土器(かわらけ)これへ」

と、宣旨に、はっと公卿の方

土器、銚子、持ち来たり

玉座の元へ据えければ

御門は、土器取り上げて

そのまま小栗に下さるる

判官、はっと、そのままに

御門のお流れ頂戴し

兼家卿も諸共に

有り難涙に暮れにける

「流罪なしたる常陸の国

ひとつ国(こく)そのまま

判官政清に得させよ」と

宣旨に、はっと、関白殿

「畏まって候」と

常陸の国、ひとつ国、安堵の墨付き認めて

小栗に下しおかれける

判官、はっと頂戴し

「こは、有り難き仕合わせ」と

御喜びの限り無し

何思いけん、判官政清

「恐れながら、判官政清

謹んで言上し奉る

何卒、常陸の国、ひとつ国のお墨付きに引き替えて

相模の国、横山一門

滅ぼしの院宣を下しおかりょうものならば

生々世々の御高恩

偏に願い奉る」と

奏聞なせば

御門の宣旨、綸言は汗の如し

出でて再び戻らざれば

常陸の国へそのまま下しおかれ

「横山一門を滅ぼしの院宣を得させよ」

とありければ、

「畏まって候」と

横山一門を滅ぼしの綸旨を認め

下しおかれてありければ

高倉親子(しんし)の人々は

冥加に叶いし幸せと

そのまま頂戴仕り

有り難涙に暮れにける

九重関白、その時に

「如何にとよ、親子(しんし)の方々

只今、この方より

常陸の国へは

国守、国替えの先触れを出ださん

各々方には、館にさがり

一刻も早く、用意なし

相模の国へ馳せ下り

横山一門を滅ぼし

常陸の国へ順検致されてよろしからん」

と仰せにはっと兼家卿

「畏まり奉りまして候」

と、御受けなし

御門をはじめ奉り

良きにお暇申し上げ

館を指して下がらるる

館になれば、小栗殿

人馬の用意を致すやら

高倉館は大騒ぎ

その時、判官政清は

平の判官光重と、御改名をあそばされ

先ず前日に、先触れ、宿割り

役人は高倉館を罷り立ち

中山道はへと急がるる

中山道は美濃の国

青墓垂井に隠れ無き

萬屋長がその元へ

御本陣を申し付け

それより段々、先触れは

相模を指して下り行く

 

第32段 対面段 上

第32段

対面段 上  

たいめんの段 

若太夫直伝

 

去ればにやこれは又

その時、萬屋長右衛門

家内の者に打ち向かい

「これ、皆の者

当、垂井の宿には

本陣、又脇本陣、役宅等もあるなかに

この度の、御国主様

斯く見苦しい我が方へ

御本陣を申しつかるということは

いやはや冥加に叶いし仕合わせ

そらそら、先ず

家内の掃除をいたさん」

と、俄に家内の掃き掃除

庭の千草をむしるやら

玄関先へは盛砂し

大幕すらりと打ち回し

『平の判官泊』と

早や門前へ御関札、懸けられて

国主の到着あることを

今や遅しと待ち居ける

程無くその日になりぬれば

「早やお国主様の御着(ごちゃく)」

と、先触れ来たれば

長右衛門、宿(しゅく)役人と諸共に

袴、羽織を着(ちゃく)なして

先ずは、途中へ出で向かい

先に立っての御案内

御乗り物はそのままに

玄関へこそ着きにける

判官、静々降り立ちて

奧の一間へ入らせられ

座付きの御酒宴あそばさる

何思いけん、判官光重、御近習に申し付け

 

「この家の主、長右衛門、これへ」

とある

「畏まって候」と、次に立ち

「主(あるじ)、主」と呼びたつる

御国主様のお召しと聞いて、長右衛門

はっと、御受けなし、末座(ばつざ)に来たって

頭(こうべ)を畳みにすりつける

判官

「長右衛門、この家の内に

常陸を名乗る、小萩と申す女子(じょし)があらん

只今、我が前へ、暇(ひま)の相手に召し連れよ」

仰せに長右衛門

はっと面をあげ

「へい、恐れながら

御国主様へ申し上げます

その常陸の小萩と申しまするは

卑しい下の水仕でござります

私し方には、八十余人と申しまする

女子(おなご)を抱えおきましてござりますれば

これを、御前へ召され

お目に止まりましたのを

御酒のお相手に」と

言わせも果てず、判官光重

「黙れ長右衛門

八十余人の女子共(おなごども)に用事は無い

常陸の小萩をこれへ召し入れよと申すのに

召し連れざるものならば

その方が為になるまい

 

早や疾く、小萩、

これへ召し連れよ」

と、仰せに

「はは、畏まり奉りまして候」

と、御受け為して、長右衛門

そのまま御前をさがられて

「はてさて、困ったもの

あの、小萩という奴が

御国主様のお召しじゃと言うたとて

おおと言うて出てくれる奴でないて

あいつが、いやじゃと言う時には

よっぽど俺が迷惑

はてさて困ったもの

何はともあれ

小萩、これへ呼び出だし

とくと申し聞かせん

小萩、小萩」

と、呼ぶ声に

はっとばかり、照手の姫

静々そこへ出で来たり

「何のご用」

と、手を着けば

「これ、小萩

そなたをこれへ呼んだは別では

ない

そなたも知っての通り

今晩、お宿を申すお殿様

ありゃ、都より、相模の国へお下りなされ、

それより常陸の国へお出でなさる

お殿様、

平の判官光重様

只今、長右衛門をお召しあそばす

なんのご用かと

御前に出て承れば

この家の内に

常陸を名乗る小萩と申す女子(じょし)があらん

 

只今、我が前へ

酒の相手に召し連れよと

御国主様のお名指しじゃ

女子は、氏なくて

玉の腰に乗るとは

そなたのことじゃ

冥加に叶った、常陸の小萩

さあさあ、国主の御前(おんまえ)へ出てたもれ」

と、聞くより驚き、姫君は

「愚かの事のお主様

例え国主の召せばとて

流れを立つる心なら

今日が日までも、自らは

難行、苦行いたしゃせぬ

その議許させ給われい、お主様」

と、ありければ

「これはしたり

そこに、如才(じょさい)があるものか

御国主様が

常陸の小萩、常陸の小萩と

仰る故、

常陸の小萩は、至って卑しい

下の水仕でござります

下拙が方には、八十余人と申しまする女子を

抱え置きまして御座りますれば

これを御前へ召され

お目に止まりましたのを

御酒のお相手と

言わせも果てず

御国主様がしかつめらしく

黙れ、長右衛門

八十余人の女子には用事はない

常陸の小萩を召し連れよと申すのに

召し連れざるものならば

その方が為にまるまい

なぞと、いやはや

もっての外の御立腹

其方が、おおと言うて

得心して、出てくれればよし

そなたが、いやじゃと言えば

これ、この長右衛門が

この首が危ない

そなたは、あれ、いつぞや

餓鬼阿弥の車を引く時に

何と言うて引いた

例え、流れは立てずとも

御主、妹背のの御身の上に

自然大事のある時は

女子ながらも、お身代わりに立ちましょうと、言うて

其方は、一命懸けて引いたじゃないか

そなたが、おおと言うて

御前へ出てくれればよし

いやじゃと言えば

これ、この首が危ない

さあ、ここの所を聞き分けて

国主の御前へ出てたもれ」

理(り)に詰められて、照手の姫

「さすれば、いつぞや自らが

夫の菩提のその為に

引いたる車が仇となり

今は、否(いな)やが言われぬか

これを思えば世の中に

立つまいものは、誓詞ぞや

是非無き事ぞ

お主様

国主様の御前へ出ましょう」

と、直ぐにそのまま出でんとす

長右衛門、引き留め

「ああ、これはしたり滅相な

その様なみすぼらしい形(なり)をして

どうして、御国主様の御前へ出られよう

得心して、御前へお酌に出てくれるなら

これから湯殿へ行て

水風呂に入って

洗い粉に、鶯の糞でも混ぜて

どこもかしこもくっきりと

洗い髪取り上げて

化粧化粧(けわいけしょう)をして

色良き衣服を着替え

そして、御前へ出てたもれ

これ、女子共

常陸の小萩が身拵えを、頼うぞ」

と、主が騒げば、女郎ども

我も我もと出で来たり

「さあさあ、これへ」と言うままに

小萩を、湯殿へ連れ行きて

先ず、水風呂へ入れられて

両の手、引っ張り洗うやら

襟ずし元を洗うやら

背中を流す者もあり

それ、肝心の所をば

「こりゃ、お手前で、洗わっしゃれ、やれ、御湯方」と

言うままに、身仕舞い部屋へ連れ行きて、髪取り上げる

そばよりも、化粧化粧をなし給い

色良き衣服を召されつつ

御主の前へ出で来たる

 

第32段 対面段 下

第32段

対面段 下  

たいめんの段 

若太夫直伝

 

長右衛門、見て、肝潰し

「なるほど、御国主様が

常陸の小萩、常陸の小萩と

仰るのも無理ではない

取りかぶったところより

こう、拵えて、出だした所は

えらい代物

御国主様より、この長右衛門が

ちょっと、お初うと、手掛けたい

何はともあれ、御国主様

定めしお待ちかねにてましまさん

あれ見よ、小萩

遥か向こうにお出であそばすが

平の判官光重様」

と、教えに、姫君、伸び上がり

襖越し、一間の内をご覧じて

はっと驚き

「はて、合点の行かぬ、お殿様

顔の面差し、目もとなら

過ぎ行き給う我が夫に

似たりや似たり生き写し

さてもよう似たお殿様

思い回せば、自らは

我が夫様によう似たと思うて

御前に出るなら

例え、はだえは汚(けが)さずとも

もしも、心が乱るるなら

今迄立てたる自らが

貞女もひと時に、水の泡

如何なる憂き目に会えばとて

国主の御前(ごぜん)へ出まい」と、もの思わず姫君は

そのまま部屋へ行かんとす

長右衛門、驚き、引き留め

「ああ、これはしたり、小萩

そなたはまあ、ようようの事で得心して

支度までして

今になって、又、いやじゃと言うて

そなたに、出られいで、たまるものかい

もう、こうなってきてからは

主が、家来に手を下げて

頼まにゃならぬ、小萩殿

どうぞ御前へ出てたもれ」

と、無理無体に手を取りて

御前を指して召し連れる

斯くて御前になりぬれば

「へい、仰せに任せまして

小萩をこれへ召し連れてござります」と

そのまま、御前をさがりける

後にも残る照手姫

差し俯いて居たりしが

判官ご覧じて

「これ、小萩とやら

近う参って、ひとつ注(つ)げ」

仰せに姫君、はっと御(おん)そば間近く、会釈なして

なみなみ注ぐ

判官、受けたる盃、下に置き

「これ、小萩とやら

その方は如何なる子細の候て

常陸を名乗る小萩とは申す」

仰せに姫君、面を上げ

「これはしたり、

御国主様の仰せとも存じませぬ

私しは、主命(しゅうめい)に任せまして

御酒のお酌には出でましたが

我が身の上のお座敷懺悔にゃいでませぬ

最早、お暇給われ」と

既に御前を立たんとす

判官、裳裾(もすそ)を控え

「やあれ待て小萩

人の先祖を問う時は

我が古(いにしえ)を語れとある

そちが名を問いしは

判官光重、ひとつの誤り、去りながら

その方に見する品の候」

と、懐中より、ひとつの木札を取り出だし

「これを見よ、小萩」と、出せば姫君、木札を取りて、打ち眺め

「こりゃこれ

いつぞや自らが

御主に五日のお暇を給わり

餓鬼阿弥車を引いたる時

大津、関寺、玉屋が茶屋の辺(ほとり)にて

餓鬼阿弥に別れを惜しむそのおりから

書き残したる、この添え書き

御国主様には

この木札が、どうしてお手に、入りましてございます」

判官聞いて

「不審な尤も

さいつころ(先頃)

この海道を、餓鬼阿弥となって通るおりから

この家の門前より

大津関寺玉屋が茶屋の辺まで

その方に引かれたる餓鬼阿弥は

斯く言う、判官光重」

と、聞くより姫君、驚きて

「さては、あなたが

いつぞやの餓鬼阿弥様にてましますや

さまで日柄も経たざるに

誠に、お早きご本復

申し、餓鬼阿弥のお殿様

女子だてらに、自らが

お主に、上下五日のお暇給わり

あなた様をひきましたのも別ならず

恥ずかしながら自らも

二世と交わせし我が夫の

小栗判官政清様

父上や兄三郎の悪逆にて

七物毒酒を盛られ

十人の殿原諸共に

非業の最期をお遂げなされ

冥途黄泉とやらにおわすとある

その我が夫の小栗様の菩提の為に

あなた様を引きましたのでございます

申し、餓鬼阿弥のお殿様

あなた様は、冥途の方よりも

この土へお戻りなされし餓鬼阿弥様とあるからは

定めし、冥途の様子はご存知にてましまさん

冥途という所は

どのような所で

我が夫様や殿原は

どんな浄土にましますや

大方、冥途で、お会いなされたでございましょう

申し餓鬼阿弥のお殿様

せめて菩提のその為に

語り聞かせて給われ」

と、夫の小栗と夢知らず

今は人目もいらばこそ

はっとばかりの声を上げ

そのまま御前へ伏し転び

消え入るばかりの御嘆き

判官、それと見るよりも

泣き入る小萩が背中(せな)撫でさすり

「常陸の小萩とは、世を忍ぶ仮の名

そちが御名(みみょう)、照手姫」

「いい、自らが、実名を

照手姫とご存知のあなた様は」

「我こそは、平の判官光重とは仮の名

誠は、小栗判官政清」

と、聞くよりも

照手は驚き

「さては、あなたが

我が夫の小栗様にてましますや

えい、懐かしの夫上様」

妹背は手に手を取り交わし

顔と面を見合わせて

嬉し涙にくれけるが

判官、涙を払い

「我は、横山親子、企みにて

七物毒酒を盛られ

十人殿原諸共に

非業の最期を遂げたるが

如何なる事にや我一人

餓鬼阿弥となって娑婆帰り

遊行上人の情けにて

地車にのせられ

 

第33段 横山成敗段 大尾

 第33段

横山成敗段 大尾  

よこやませいばいの段 

若太夫直伝

 

去ればにや是は又

地車に乗せられ

数多の人の情けにて

紀伊の国、熊野の本宮湯の峰に登り

冥途の黄泉より湧き出づる

薬湯の威徳によって本復なし

都へ上り、父母に対面なし

それより、御門へ参内し

勘気のお詫び、相済んで

常陸の国を、本領に給わる

常陸の国、ひとつ国(こく)のお墨付きに引き替え

横山親子を滅ぼしの院宣を願えば綸言は汗の如く

出でて再び戻らねば

常陸の国は、そのままおかれ

横山親子を滅ぼしの院宣を頂戴し

平の判官光重と改名し

相模の国へ下向

この家へ本陣を申し付けしも

上下五日の施主たりし

常陸の小萩に対面し

一礼、述べんが為なり

その方、如何なる子細の候て

この家には買いとられ

卑しき水仕となり候」

と、お尋ねに、姫君、面を上げ

「なるほど、御不審はご尤も

一通り、御物語り仕らん

お聞き遊ばせ

不義は同罪、逃れぬ咎あって

相模川原(かわはら)、おりからが淵へ引き出され

沈めにかかり、死すべきを

鬼王、鬼次が忠義の勧め

是非もなく、洞(うつろ)の船にて流され

六浦が浜(むつらがはま)という所へ引き上げられ

漁師、浦君太夫と申す者に助けられしが

女房の邪見にて

人商人(ひとあきないびと)の手に渡り

彼方此方へ買い取られ

流れ流れに責められて

売られ買わるる暇もなく

ついにこの家へ買い取られ

夫婦の衆の情けにて

流れの道を許されて

十六人の水仕頭となりて

月日を送り候」

と、初め終わりの物語

「さては左様に候か」と

御喜びの限り無し

萬屋夫婦の人々も

始終の様子を承り

「誠に不思議のご対面

目出度く、御酒宴あそばせ」

と、種種の肴を出来(しゅつらい)て

先ず、御酒宴を勧めける

判官殿、御喜悦、限り無く

「如何にとよ、夫婦の者

お服(ふく)の値(あたい)を出し、買い取り

流れを立てざる姫を

情けを懸けてつかいし事

あっぱれ頼もしき心底

判官政清、満足せり

これは、寸志に候」と

目録、数多下さるる

萬屋夫婦の者共は

「こは、有り難き仕合わせ」と

目録、頂戴仕り

喜ぶ事の限り無し

「ただこの上は、一刻も早く

相模へ下り

横山親子を、滅ぼし

十人殿原の衆の妄執を晴らさん」

と、仰せに、姫君

「その思し召しは

ご尤もに候えど

悪人ながらも、現在、父にて候えば

何卒、父将監の一命を

自らにお預けなされてくださりませ

これより、相模に下り

父に対面いたし

早々、出家を遂げさせて

せめて十人殿原達の亡き跡

菩提を問わせ候わん

何卒、父の一命を

自らにお預けなされてくださりませ」

判官、聞いて

「絡め取りて、縛り首にも

行うべきものなれども

親という一字に案じ

一命を助けん

早々、出家いたさせよ

去りながら

三郎照継(てるつぐ)は

父に悪事を勧め無道人(ぶどうにん)なり

助命は、叶わぬ、生け捕って

詰め腹を切らせん

早や早や、相模に急がん」

と、その夜の明けるを待ち給う

数多の同勢、引き連れて

萬屋方をお立ちある

相模の国へと急がるる

程無く相模に隠れ無き

藤沢山清浄光寺へ御到着

先ず、上人へご対面

段々御礼述べ給う

上人、御喜悦限り無く

「誠に目出度き、ご出世」と

いろいろもてなし、饗応す

 

それはさておき

横山親子の人々は

早や、前日に、照手より

知らせに驚き

三郎、是非なく切腹なしにける

横山将監照元も姫の勧めに喜んで

出家得道、致しける

判官、この由聞こし召し

「しからば、将監坊と改名し

上野ヶ原にて、殿原の

長く菩提を問わせよ」

と、仰せ渡されて

扨又、遊行上人へは

殿原達の一周忌弔い金と仕り

数多の目録、納められ

ここに、横山譜代たる

鬼王鬼次兄弟は

忠心無二の者なれば

姫の乳母(めのと)となされつつ既にお寺をお立ちある

常陸へ下る道

鬼鹿毛獄屋へ立ち寄りて

再び小栗判官は

かの鬼鹿毛に打ち乗って

照手の姫と諸共に

常陸の国へ移られて

目出度く御代の栄えける